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【母はすごい!】 昨年の暮れ、何気なくテレビをつけると、自閉症という障がいを抱えた青年、東田直樹君(親しみを込めて直樹君と呼びたい)を追った番組を放映していた。 重度の自閉症の直樹君が、文字盤を指さしながら、ゆっくりとではあるが会話をする姿に大きな衝撃を受けた。40年近く前、与進幼稚園で受け持ったT君の顔が浮かんだ。 このコラムを書くにあたって調べてみると、番組は、NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」で、放映されたのは、12月11日(日)の夜9時から50分間だったことが分かった。http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586825/index.html 直樹君は、今24歳。重度の自閉症のため、人と会話ができない。しかし、お母さんお手製の文字盤を指さしながらであれば、会話ができる。パソコンを使って文章を書く。今ではプロの作家だ。『自閉症の僕が跳びはねる理由』という本を書いたのは13歳のときである。13歳でありながら、自らの障害をまっすぐ見つめ、自らの心の内を豊かな言葉で表現している。この本はすでに30か国以上で翻訳されているという。 2年前、この本をきっかけに、NHKで「君が僕の息子について教えてくれたこと」というドキュメンタリーが制作され、大きな反響を呼んだとのこと。ご存じの方も多いだろう。(残念ながら、私は知らなかった……)。 今、手元に直樹君の本が3冊ある。直樹君の本からは「人はどんな困難を抱えていても、努力をすれば幸せを見つけ、生きていくことができる」というメッセージが伝わってくる。一人でも多くの方に読んで欲しいと思う作家だ。 「自分の力でコミュニケーションをするためにと、お母さんが文字盤を考えてくれました。……ひとりで文字盤を指せるようになるまで、何度も挫折を繰り返しました。それでも続けてこられたのは、人として生きていくためには、自分の意思を人に伝えることが何より大切だと思ったからです。」(前掲書p.15) 挫折を乗り越え、表現する力を身につけた直樹君もすばらしいが、可能性を信じ、直樹君を支え続けたお母さんもすごい。直樹君のお母さんのお話が聞きたい。 |
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◆ほっとひといき【まっちゃかふぇセレクト】 2018.2.1 みなさんは、ネット上でどれだけの長さの文章を「長文」だと感じますか─ …そのむかし、まだインターネットも携帯電話もなかった頃、「パソコン通信」なるものが、極く限られた人の間で行われていました。これは現在のインターネットの仕組みとは異なり、限られた範囲のネットワークシステムにアナログの電話回線を介して接続し互いに通信をする仕組みで、パソコンからの利用に限られていました。 今は光ファイバーケーブルで映画を丸ごとパソコンで見られるようになりましたが、パソコン通信では映像どころかテキストのみで、それもごくごく少量でしかやりとりができなかったのです。 なにしろふつうの電話回線を使うので、通話と同じく利用は時間単位(秒)で課金されていました。ですから長い文章を送ればそれだけ通信時間がかかり、お金もかかるということで、お互いに気遣って精々が一行あたり全角35文字として、数行程度の短文とすることがふつうでした。現在のツイッターに似ていますね。 それでも調子に乗れば、課金を無視して(笑)何十行にも亘る“大作”を送ることもあります。その場合はタイトルに必ず「長文につき注意」と但し書きをして、(読み込み時間がかかるので)お金が気になる人は読まないで飛ばして下さい、と配慮するのが暗黙のマナーとなっていました。 今ではもうそんなことを気にする必要はないのですが、どういうわけか時々「長文失礼しました」の一言が添えられた文章を目にすることがあります。そのたびに、違和感を覚えるのです。 パソコン通信での「長文」とは、文章を読むためにパソコン画面をスクロールする必要がある長さでした。だからだいたい40〜60行以上になりますか。また当時は今のような、行をやたらと空けて書くことはなく、原稿用紙に書くように行間をとらずぎっしりと詰めて書きましたから、スクロールが必要な文章量というとなかなかの読みでがある内容となりましょう。いまだって何回も画面のスクロールが必要な文章に出くわせば、「長いなあ」と感じますね。 自分の場合はそんな時代を過ごしてきたので、今でも「長文」というと、スクロールが3回以上の長さ(行間なしで)という感覚です。 しかし最近若い人の文章(ブログとかSNSとか)では、高々5行程度なのに「長文失礼しました」とか「長々と失礼しました」と書いてあって、「おまえら長文ってどんな長さか知らんのかいっ!」とのけぞることしばしばです。 世代の違いでしょうか、「甚だ簡単ながら」と10分以上も延々としゃべり続けようとする御年配の方とは雲泥の差の感覚であります(笑)。 これは思うに、いまはネットの断片的な文章ばかり目にするから、若い層では長文感覚が随分短いものになってきているのではないかと感じるのです。 いったい5行程度の文章が「長文」となったら、もはやプルーストやロマン・ロランを読むことなぞ一生ない人達ばかりになってしまいませんかね。このメルマガなんぞ「超長文」で、彼らにとってはまったく“アウトオブ眼中”になるわけです。 最近メディアを賑わせている偉い人の“舌禍事件”も、何か短い一文だけをいちいち取り上げては大騒ぎしているようで、もはや「文脈」という概念も廃れ、僅か一行の文章ですべてを決する、メディア自体も長文読解力を失いつつあるのではないかと思うのは自分だけでしょうか。以上、長文失礼致しました。 (ューズレターNo.131 2013.3.1掲載) |
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